「すべてがFになる」の森博嗣はスキゾイド? 登場人物、世界観から分析してみた

森博嗣さんをご存知ですか? 『すべてがFになる』や『スカイ・クロラ』シリーズを書いている人気作家です。

僕も中学の頃からファンで、特にスカイ・クロラのフワッとした世界にドハマりしてます。

そんな彼の小説やエッセイを読み、「森さん、スキゾイドだよね?」という思いが強くなっていきました。

スキゾイドって何? って方はこちらからお読みください。

https://ningengiraisurvival.com/wp/2018/06/04/post-16/

小説のキャラである犀川創平やキルドレの思考はスキゾイドに近いです。

また、エッセイから垣間見える本人の思考や、現在の山奥に引きこもるライフスタイルから、人間関係への欲求の少なさがわかります。

森博嗣さんのライフスタイルは僕の理想です。そんなスキゾイドの先輩から学べることは沢山あります。

作品から見るスキゾイド分析

小説の世界観や登場人物は、作者の脳内の投影です。

森博嗣さんの独特な世界観、キャラからはスキゾイド特有の空気を感じます。

共通するのは感情表現の希薄さでしょう。

『すべてがFになる』の犀川創平の思考

『すべてがFになる』から始まるS&Mシリーズ。主人公である犀川創平は大学の助教授。大人しく冷静、自分の服装や他人に無頓着、典型的な内向型の研究者です。

S&Mシリーズは推理モノなので、そんな彼が思考を集中させて推理するシーンがあります。

そのとき、脳内に何人もの犀川創平が現れ議論する、という描写がされます。

普段は抑え込んでいる「原始的な犀川創平」が怒鳴り散らしたりしたり、大量の情報が不規則に展開して事件の真相を導くのです。

焦点を当てたいのは「原始的な犀川創平」がいるということ。「原始的」の捉え方は色々ありますが、怒りなどの強い感情を持つことから、「感情のある本来の自分」だと考えられます。

つまり犀川は、普段は自分の感情は押し込めて、理性的な人格を見せながら生活しています。

そりゃ学校やビジネスの場では普通の人も理性的な人格だよ、という意見はもっともです。

普通の人も時と場合によって、社交的だったり、大人しかったり、はっちゃけたりと、色々な人格を作っています。

しかしスキゾイドの場合はもっと極端で、本当の自分は完全に封印します。同時に自分の感情も丸ごと心の奥に監禁してしまいます。そして現実世界にはすべて偽りの人格で対応します。

感情と理性を別人格として分割してしまう犀川の脳内は、非常にスキゾイド的といえるでしょう。

『すべてがFなる』のアマゾンの感想で、感情がない・感情移入できない・人が死んでるのに冷静すぎる・主人公は発達障害じゃないの、なんてコメントを見かけました。

スキゾイドは感情は閉じ込めているため、非常に冷静に(悪く言えば無感情に)対応できます。

主人公をそういう性格に作っているから、という理由もあるでしょう。

加えて、作者の森博嗣さん自身もスキゾイドだからこそ、感情表現の薄い淡白な作品になっているのです。

『スカイ・クロラ』のキルドレの思考

『スカイ・クロラ』シリーズは、永遠の命を得た、大人になれない人間「キルドレ」達が、戦闘機パイロットとして生きる話です。

そんなキルドレの思考は非常にスキゾイド的です。

彼らに共通するのは感情の希薄さと現実感のなさ

森博嗣さんの他の作品と同じく感情表現はほとんどありません。キルドレ以外の「普通の大人達」は感情的に行動していますが、キルドレの視点からは非常に煩わしいものと描写されます。

また作中では飛行機以外の固有名詞がほとんどなく、イメージがぼんやりとした、夢を見ているような世界が書かれています。(説明しづらいので読んでみてください!面白いですよ)

こちらは離人症の症状ですが、現実感の喪失はスキゾイドにも見られます。

もうひとつ、スキゾイドは現実の鬱陶しい世界から逃れたいために、垂直上昇の欲求が強いそうです。空へバーっと飛んでいきたい! という思いです。

哲学者ヴィトゲンシュタインも飛行機に興味があり、「自分は哲学者になれなければ飛行士になる」と謎の2者1択を述べてます。

そうした、何もない、澄んだ空への欲求はキルドレ達が度々言及しています。

当然、こうした空への憧れは森博嗣さん自身の思想から来ています。

ライフスタイルから見るスキゾイド分析

森博嗣さんは様々なエッセイも書いており、そのなかで彼の思考や生活を垣間見れます。

最近(2017年11月)発売した『道なき未知』は、スキゾイドっぽいなーとニヤニヤしながら読みました。

こちらのサイトで一部が読めます。

一番着目すべきは、森さんが山奥で奥さんと隠居生活している点でしょう。

できるだけ人を呼ばないで、黙々と本を書いたり、工作をしたりする生活は僕の理想でもあります。

また異質なのは、奥さんと一緒に暮らしながら、ほとんど会話もしないし会わないことです。

こうした全く人と関わらない生活は、常人なら耐えられないはずです。山奥の引きもこり生活が可能な時点でスキゾイド気質です。

同じ生活をして平気な森博嗣の奥さんも、同じくスキゾイドでしょう。

また、彼のエッセイには度々「人と話す時は社交的な人格で対応している」という書き方が見受けられます。

スキゾイドが仮面の人格を作って対応するのと同じです。

社交的な人格は作るのも大変だし、バレないように維持するのはもっと大変です。森さんに会った人は、彼が非常に好感の持てる人物でびっくりした、なんて話しています。

仮面を作るのが非常に上手いスキゾイドといえるでしょう。

まとめ

いかがでしたか? 見直すと本の紹介になっている気が・・・

今回は森博嗣さんの小説、エッセイから、彼とスキゾイドの共通点を見つけてみました。

淡白な感情、現実感のなさ、人間と関わらない生活、仮面の人格形成はスキゾイド的です。

森さんはスキゾイドだ、やったー!で終わってはただの作家紹介となってしまいます。

次回はそんな森さんのライフスタイルから、スキゾイドとしての生き方を探求します。

前回の続きです。まだ読んでいない方はこちらからどうぞ↓ 前回、森博嗣さんはスキゾイドだという話をしまし...

ここまでお読みくださりありがとうございました。

コメント

  1. ソてー より:

    異常なまでに森作品のキャラクター達に共感できた理由がよくわかり腑に落ちました
    スキゾイドという言葉を知れて良かったです